片山杜秀と聴く「わんぱく王子の大蛇退治」
11月26日にザ・フェニックスホールで催されたレクチャーコンサート、「映画は音楽に嫉妬する」の第1弾である『片山杜秀と聴く「わんぱく王子の大蛇退治」』に行ってきました。
このシリーズは講師のレクチャーを受けながら映画音楽という視点から映画を掘り下げていこうというようなもののようですが、その第1回として取り上げられたのが、伊福部昭の音楽で知られる東映の長編アニメ映画『わんぱく王子の大蛇退治』です。
講師は音楽評論家として知られる片山杜秀、映画の合間のコンサートパートのピアノ演奏は高良仁美。片山氏はCDとかの解説文から思ってたイメージよりは意外と若いというのが印象でした。
ザ・フェニックスホールは初めてだけど、超高層ビルの中にあるこじんまりとしたコンサートホールで、せいぜい室内楽ぐらいのためのホールですね。客席も少なくステージに近いから、こういうレクチャーコンサートには便利な場所かもしれません。
内容は次のような感じです。(順番は違ってたかもしれません)
1.映画「わんぱく王子の大蛇退治」
冒頭部
2.映画「わんぱく王子の大蛇退治」
アメノウズメの踊り
3.伊福部昭『日本組曲(ピアノ組曲)』
第1曲「盆踊」
第2曲「七夕」
第3曲「演伶」
第4曲「佞武多」
4.伊福部昭『SF交響ファンタジー第1番』(ピアノ独奏版)
5.映画「わんぱく王子の大蛇退治」
大蛇退治~終幕
EC.伊福部昭『日本組曲』
第4曲「佞武多」
なにぶん著作権のまだ生きてる映画なので、映画自身を全編上映というわけにはいかなかったようですが、重要なポイントは押さえています。
作曲家が実写じゃなくアニメ映画を担当するメリットとして、映画の音楽部分をより存分にコントロールできる、その一つに効果音も作曲家が担当する(現在のアニメじゃそういうことはほとんどないけど)ということが挙げられているのだけど、なるほど、映画の冒頭の動物たちのシーンはまるでディズニーの『ファンタジア』をもろに意識したような作りになってます。
しかし、伊福部先生の本領が発揮するのは「アメノウズメの踊り」の部分。かつて黛敏郎が『題名のない音楽会』で邦画の映画音楽を特集した時、代表作を求められた伊福部先生が挙げて演奏されたのが、この「アメノウズメの踊り」の音楽。
以前に「第1回伊福部昭音楽祭」でこの曲をスクリーンに合わせて生演奏するなんて嗜好をやっていましたが、さすがに映像とぴったり演奏するなんてのは無謀だったようです。このシーン、映画の方は音楽が先で、それに合わせて映像を作ってるわけですが、それこそ音楽が映像を従えてるという感じで、実写映画にはありえない、作曲家にとってこの上も無い快感なのでしょうか。
『日本組曲(ピアノ組曲)』
第1曲「盆踊」
力強く律動的な演奏で、かつ高音の部分は軽やかです。ラストのフォルテッシモも壮大に響きます。
第2曲「七夕」
ちょうど『わんぱく王子の大蛇退治』の「母のない子の子守歌」に似たわらべ歌の主題が印象的に聞こえました。
交響曲なら緩徐楽章ってところで、精霊流しをイメージさせる鎮魂的なバラード。律動的だけど柔らかく、高音が映える演奏です。
第3曲「演伶」
躍動的な導入から、ゆっくりとした民謡風の主題。跳ねるような律動的なフレーズとの緩急の繰り返しが特徴的です。
雑踏の中を練り歩き、やがて遠ざかっていく余韻を感じさせます。
第4曲「佞武多」
次第に力強くエスカレートしながら踊り歩いていくような土俗的舞曲。執拗なオスティネートと、祭囃子を思わせる小刻みの高音フレーズがとても印象的です。
『SF交響ファンタジー第1番』(ピアノ独奏版)
力強い「ゴジラの恐怖」、ピアノならではの雰囲気がオーケストラに遜色のない導入を盛り上げます。ややテンポの速い間奏を経て、軽やかでリズミカルな「ゴジラのタイトルテーマ」。強弱と緩急の機微が独奏曲ならではの味ですね。
やや滑らかな印象の「巨大なる魔神」ですが、こちらはもうちょっと緩急のアクセントが欲しいところ。あと、高音のパートが目立っていて、ちょっと印象が違って聞こえてる感じです。
続く『宇宙大戦争』のセレナーデはしっとりと穏やかにロマンチックな調べが、次第に心もち力強くなっていきます。
サスペンスタッチで力強い「バラゴン出現」は後段の繰り返しのフレーズが印象的に響きます。
やや音に乱れが見られた「ゴジラ対ラドン」は、ラドンのモチーフがサスペンスタッチで力強く、対称的にゴジラのモチーフがリズミカルに奏でられます。
クライマックスのマーチメドレー。冒頭のファンファーレはピアノではちょっと苦しい感じがしますが、『宇宙大戦争』の「タイトルマーチ」は軽やかで力強く、「怪獣総進撃マーチ」が軽快でリズミカルに続きます。これは独奏による限界なのか、マーチの切り替わり部分がオーケストラ版に比べると切ってつなげた感じのアレンジで、何となくぎこちなく感じられます。
終盤の「宇宙大戦争マーチ」は力強く躍動感あふれる演奏で、優雅に奏でられていますが、最後の「怪獣総進撃マーチ」になると興奮がエスカレートし過ぎてメロディが崩れちゃってるぐらいに盛り上がって終わります。
ピアノの高良仁美は、主に沖縄関係の音楽を弾いてる方だそうですが、沖縄とは反対にある北海道出身で、ドロドロとした土俗的なイメージのある伊福部先生の音楽を奏でてるというのは何かアンビバレンツな感じで興味深いものがあります。
以前にキングで出してた『伊福部昭の芸術』シリーズのCDでピアノを担当したことがあって、その時に肘で鍵盤を叩いたりしてたら伊福部先生が気遣ってくれたのが印象に残ってるとのことです。終わったら肘に無出血してたとかいうから、大変な演奏だったんでしょうね。
でも、そういう経験を経ているからか、パワーを要求される伊福部先生の曲を十分に奏でられているのでしょう。
片山氏によれば、『日本組曲』は戦前から海外で多く演奏されて来たけど、日本国内では外国人の演奏家ばかりで日本人が演奏することは少なく、それはあまりに激しい演奏を要求されるから、体力の乏しい日本人の演奏家からは避けられていたのだろうということです。
これがピアノだけじゃなく金管楽器にも言え、日本のオーケストラだと思うようなブラスの音が出ないから、それを補うために最初からブラスの数を多く書く習慣が出来たという話。結果として伊福部先生の曲は低音の分厚い曲になり、この低音の迫力ある曲を要求する怪獣映画なんかには不可欠になっていったとのことです。
今回の『わんぱく王子の大蛇退治』でも、絵で描いたヤマタノオロチをいかに映画として存在感あるキャラクターにするかということになった時、伊福部先生の音楽と結び付くのは必然だったのでしょうか。
片山氏は伊福部先生が音楽家として最も満足した映画作品が『わんぱく王子の大蛇退治』だと言ってるわけですが、それとは裏腹に、伊福部先生のアニメ作品は後にも先にもこれ一本なのです。(『鉄人28号 白昼の残月』その他の既製楽曲の流用作品は除く)
ま、思うに東映動画もこの作品を作ってみたら音楽を前提に作品を作るのが意外と面倒だと分かって、そういう作り方の映画はそれっきりになったのと、やっぱりアニメで怪獣出しても東宝特撮には対抗できないと思って、伊福部先生に依頼する作品は出て来なかったんでしょうねぇ。
そういうところから考えると、この『わんぱく王子の大蛇退治』は日本映画がまだ娯楽の主役だった時代だからこそ生まれた、奇跡の1本と言えるのかもしれません。
☆ ☆ ☆
ピアノ独奏版の『SF交響ファンタジー第1番』が目当てで聴きに行ったコンサートだったけど、『わんぱく王子の大蛇退治』や伊福部先生の映画音楽についての解説とか、とても充実していて楽しめました。
企画としては面白いシリーズなんだけど、どうせ2回目以降は洋画の名作とかそんなあたりが続くだろうから、現役の映画音楽作家の作品とかでやってほしいと期待しても無理なんでしょうねぇ。興味ある作曲家が取り上げられたりしたら、また聴きに行ってみたいと思いますが。
☆ ☆ ☆
取りあえず今回のお題の映画
わんぱく王子の大蛇退治 [DVD]
サントラそのものは入手困難でしょうが、近年になって交響組曲化されたもの
伊福部昭の芸術(7)
高良仁美さんがピアノを担当してる1枚(当然ながらオーケストラ版です)
宙-伊福部昭 SF交響ファンタジー
ピアノ版の『日本組曲』はこのあたり
伊福部昭ピアノ作品集 第一集
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