大阪フィル/『日本狂詩曲』
伊福部先生の誕生日である5月31日に、大阪フィルの第408回定期演奏会に行ってきました。会場は毎度のザ・シンフォニーホール。久しぶりに1階の前の方の席だったのでいつも必携の双眼鏡に頼らずとも演奏が間近に見られます。
ザ・シンフォニーホールはステージが低いから前の方の席でもステージ上の見通しが良いのですが、それでも弦パートより後方の木管、金管、パーカッションは見え難いですね。特に弦と同様に座ってる木管はほとんど見えません。こういうのは遠くても2階席から双眼鏡で見てる方がよく見えるのですが……
指揮は井上道義。生の演奏では初めてですが、伊福部先生関係では『管弦楽のための「日本組曲」』の新日本フィルの初演を指揮した人ですね。他にも何曲かレコーディングされたのがCDになっています。
この人の指揮はタクトも使わないし、何か独特の仕草ですね。大植英次みたいにオーバー気味のパフォーマンスで観客にアピールしてるってわけでもないんでしょうけど、タコ踊りというのは言い得て妙です。
演奏曲目は以下の通り。
1.伊福部昭
『日本狂詩曲』
2.リスト
『ハンガリー狂詩曲 第2番』
3.エネスコ
『ルーマニア狂詩曲 第1番 イ長調』
4.ディーリアス
『ブリッグの定期市~イギリス狂詩曲』
5.ラヴェル
『スペイン狂詩曲』
見ての通り、国名を冠した狂詩曲のオンパレードです。伊福部先生が前座扱いみたいなのが何ですが、伊福部先生も心酔されてたラヴェルの前座だと思えば本望でしょう。でも、コンサートの1曲目ってまだオーケストラの演奏が硬いことが多いから、あんまり好きじゃないんですね。
それでは1曲ずつ記していきます。
伊福部昭『日本狂詩曲』
第一楽章「夜曲」
冒頭のヴィオラのソロのところからパーカッションがかなり大きく響いています。CDとかで聴くより生の方がこういう音の印象が強いんでしょうか。シンバルがちょっと外してる感じ。
ステージにピアノが無いと思ったら、ピアノのパートを木琴で代用してる感じです。確かに「夜曲」のピアノの使い方からすれば木琴でも鉄琴でも構わないような気がしますが、どことなく違和感があります。
やがて踊りの旋律がゆっくりと展開されていきますが、少しバランスが悪いかな。表の旋律に対してバックの旋律が目立ちすぎてる感じがします。
後半のバイオリンのユニゾンがなかなかきれいにまとまっていて、それに続くコンマスのソロも聴かせてくれました。
第二楽章「祭」
これもやはりパーカッションが大きい感じ。木管の旋律が掻き消されてる感じです。それに続いてオーケストラが一斉に鳴るところですが、騒々しいぐらいに大きく響いてきます。しかし、音がちょっと硬過ぎる感じで、会場の空気が割れるような音になっています。
中盤のアップテンポに展開していくところ、本来ピアノが小刻みにリズムを取っていくところ、代用の木琴の音が目立ち過ぎで、なんか全然別物の曲を聴いてるって感じがして、ちょっと残念。ラストのたたみかけも物足りなかったかな。
終始パワフル気味の演奏で、演奏に起伏や緩急のアクセントが足りないような感じがしました。
リスト『ハンガリー狂詩曲 第2番』
リストは『ハンガリー狂詩曲』という題の曲を全部で19曲も書いたそうですが、その中で一番有名な第2番です。
低音のストリングスによる悲壮な感じの旋律に始まる曲です。アクセント的なクラリネットのソロの後、木管が加わって明るい感じの曲調に変わりますが、再びアクセント的なクラリネットのソロを挟んで低音のストリングスによる重い悲痛なフレーズ。凄みのあるコントラバスの重低音が印象的です。さらにクラリネットのソロを挟んで穏やかな曲調になります。
後半は小刻みなフルートとバイオリンがスタッカートに盛り上がっていきます。テンポアップしてオーケストラが一斉に鳴り始めますが、コミカルなブラスと派手な太鼓が印象的です。そしてストリングスの速弾きの連続で、なかなか大変そうです。
前半と後半、それぞれ別個の展開を繰り返す構成で、分かりやすいといえば分かりやすい作りの曲ですね。
エネスコ『ルーマニア狂詩曲 第1番 イ長調』
初めて名前を見る人です。この人も『ルーマニア狂詩曲』という作品は2つ書いていて、その1番目の方らしいです。
クラリネットのソロから始まり、軽やかなストリングスのフレーズが続き、弦が厚みを増して力強く展開していきます。スタッカートを交えながら奏でるバイオリン。ややハイテンポで小刻みなスタッカートと、スローダウンして滑らかな演奏が繰り返されます。
後半、さらにテンポアップし、ブラスやティンパニーも派手に盛り上がり、これでもかというくらいにスピードアップしていきます。さらにヒートアップしてオーケストラヒットの連続。一転、やや緩やかなフレーズに戻った後、再びヒートアップして興奮の中に終了する感じです。
ディーリアス『ブリッグの定期市~イギリス狂詩曲』
これも初めて名前を見る人です。
オーボエのソロとハープの伴奏から静かに始まる曲。ヴィオラの弱々しい伴奏にチェロ、バイオリンが加わってストリングス全体のフレーズが組み立てられていきます。ハープのアクセントを挟んでややスピードアップ。そこにブラスが絡んできます。
幽玄なホルンの遠吠えに続き、ストリングスが全開で力強いフレーズ。そこから一転してバイオリンのセレナーデ。再びホルンを挟み、やや静かなブラス中心の展開から、やや物悲しい感じのストリングスが続きます。
そして、霧が晴れて夜明けを迎えるような力強いオーケストラ。やや静かにバラード的な展開だけど、バックでコンスタントにかすかに鳴り続けてるティンパニーが印象的。フルートとトライアングルのフレーズから美しい旋律が展開し、徐々に明るく盛り上がって行きます。
オーケストラが一斉に盛り上がった後、静かなフレーズを奏でて終了。
ラヴェル『スペイン狂詩曲』
伊福部先生が作曲後数年の『ボレロ』のレコードを聴いてショックを受けたという話は有名であり、『日本狂詩曲』をチェレプニン賞に応募したのも審査員にラヴェルの名前があったからだと言われるくらい、伊福部先生に影響を与えたさっきょく音楽家がこのラヴェルです。
伊福部先生が『日本狂詩曲』を作るのに、外国ではこういう曲には民族舞踊のモチーフを入れてるからと、自らも日本の踊りの民謡風のモチーフを取り入れているのも、おそらくラヴェルの『スペイン狂詩曲』を意識したものなのでしょう。
第1曲「夜への前奏曲」
静かに波打つようなストリングスのフレーズが延々と繰り返される展開。そこにクラリネットだかオーボエだかのフレーズやチェレスタの伴奏がアクセント的に入ってくる感じです。
第2曲「マルゲーニャ」
コントラバスのスタッカートからアップテンポな展開。やや断続的なブラスのフレーズとともに盛り上がっていくオーケストラ。
マラゲーニャというのはマラガ地方のフラメンコ音楽ということみたいです。
第3曲「ハバネラ」
高音が響くも、穏やかな感じの始まり。ヴィオラのソロからストリングスが展開していき、その背後で静かに鳴り続けるティンパニー。
ハバネラとはキューバの民族舞曲のこと。ハバネロと似てますが、どちらも語源はハバナから来てるようです。
第4曲「祭り」
ややコミカルなフレーズで小刻みに盛り上がりつつあったかと思うと、突然に全開状態のオーケストラが印象的。派手でスピーディーな舞曲です。
一転してとてもゆっくりとした弱々しく落ち込んだブラスのフレーズの後、第1曲と同じ波打つようなフレーズが現れてきます。
ラストはカスタネットの響くフラメンコ風の壮大な展開。いったん静寂の後、再び徐々に盛り上がり派手でスピーディーな舞曲で終了。
☆ ☆ ☆
こうしてみると、『スペイン狂詩曲』は確かに『日本狂詩曲』の原点のような感じがします。何より楽章のタイトルがラヴェルへのオマージュになってますし、弦のソロでヴィオラを用いてるのもそんな感じですね。
これ、幻のオリジナル版の第一楽章「じょんがら舞曲」が入っていたら少し変わってくると思いますが、『スペイン狂詩曲』の方もピアノの原曲は「ハバネラ」を除く3曲の構成だったようですし、投稿に当たってあえてラヴェルへのオマージュを想起しやすい形にしたとも考えられますね。
もっとも、最大の相違は『日本狂詩曲』の方が徹底的に打楽器を表に出してきてることですね。これは何故かと考えると、日本の民族舞曲では笛や弦、鉦の鳴り物よりも圧倒的に太鼓がメインであえることをストレートに表した結果に過ぎないからだと思います。実際、盆踊りなんかは祭太鼓さえあればあとは歌って踊れるようなものですし。
ラヴェルは晩年の交通事故で体調を悪くしていて、チェレプニン賞の頃には他人の作品の審査どころではなかったみたいですが、もし健在で『日本狂詩曲』を見ていたらどういうコメントを残したのかというのは大いに興味のあるところですね。
ピアノの代わりに木琴を使った『日本狂詩曲』というのもコンサートでは珍しくないのかも知れないけど、CDとかじゃ聴けないから、それなりに興味深かったです。ま、これだけのためにピアノを出し入れしたくなかったんでしょうか。(ちなみに、後半の『イギリス狂詩曲』からは木琴を引っ込めてチェレスタを出してきてました)
☆ ☆ ☆
せっかく伊福部先生の誕生日だというのに、指揮者は最後に自分のコンサートの宣伝してるだけだし……
取り合えず、今後の伊福部作品の演奏の予定は関西フィルの『SF交響ファンタジー第1番』ぐらいですか。いつものように藤岡幸夫の指揮みたいで、あまり新味はありませんが。
それはそうと、入口で配ってたチラシの束に混じってた9月の宮川彬良&大阪市音楽団のコンサートのチラシ、コメント書いてるのが相当にマニアというか何と言うか。「イスカンダル」ってヤマトファンならともかく、それ以外にそんなに名の知れた曲じゃ……
『日本狂詩曲』も収録CDは多いけど(10枚ぐらいは出てるかな)、やはり最近のレコーディングで音がクリアな《伊福部昭の芸術》シリーズが初心者にはお薦めですね。手軽に聴くならナクソク盤という選択もありますが。
山田和男の東京交響楽団とか、マニアの人は自分が聴き始めた時期によってそれぞれ思い入れがあるので、その辺は話半分に聞いて置くくらいで、最初から古い音源に手を出すのもどうかと思います。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
トラックバックありがとうございました。遅めのテンポ以外に木琴が使われて違和感を感じておりましたが。それはピアノの代用だったのですね。ありがとうございました。
「日本狂詩曲」のおすすめですが、日本フィルは残念ながら取らないです。理由は冒頭のヴィオラのソロが少し線が細い感じがするのです。
日本初演の山田一雄指揮の演奏ではその点ヴィオラが力強いです。今回の演奏会でもヴィオラが頑張っておりまして大変好感が持てました。
投稿: nobumassa | 2007.06.03 05:21
nobumassa様
CDに関しては別に演奏のベストという意味でのお奨めではないわけで、これから聴き始めようという人に入手しにくい音源とか示しても仕方が無いし、生まれた頃からCDが当たり前の人にとっては昔のアナログ録音のものよりも最初からデジタル録音された音源の方が安心できるでしょう。
そういう意味で最初の取っ掛かりにする音源としては伊福部作品の集大成としてのライブラリ化を目指した《伊福部昭の芸術》シリーズの初期の5枚は悪くは無い選択だと思います。
投稿: 結城あすか | 2007.06.03 08:19
こんにちは。
そういう意味では、まだ「わんぱく王子」も「サロメ」も全曲聴いておりません。ちゃんと聴くことにします。
投稿: nobumassa | 2007.06.03 09:51
NAXOSの収録では伊福部氏が立ち会われ、テンポやバランス等についての指示をしたそうです。これを聴くと、この作品は単なるお祭り騒ぎのエンターテイメントピースではない、味のある作品だということがわかります。
山田盤は全く違うアプローチですが、私はどちらも好きです。
投稿: キンポウ | 2007.06.08 09:39
キンポウ様
伊福部先生は御自分の作品を大切になさる方だったので、たとえそれが昔の映画音楽の再録のようなものであっても、出来る限りレコーディングに立ち会われたようですね。
『日本狂詩曲』というと近年では本名徹次指揮の卒寿記念コンサートのライブ盤もあったと思いますが、どうでしょうか。
投稿: 結城あすか | 2007.06.12 04:07