« 伊福部昭音楽祭・第2部「映画人、伊福部昭を語る」 | トップページ | ひぐらしのなく頃に オリジナルサウンドトラック »

2007.03.12

伊福部昭音楽祭・第3部「大楽必易」

 前回からの続き。

第3部 管弦楽の響
   「大楽必易」

 「大楽必易」とは「優れた音楽は簡単なものある」という意味の司馬遷の書物にある言葉で、伊福部先生が座右の銘のようになさっていた言葉です。戦後の現代音楽が前衛に溺れる中でも、ひたすら自分の音楽を追求してきた伊福部先生らしさが感じられます。

 管弦楽のための日本組曲

 これは伊福部先生がまだ10代の頃に作曲した現存する最古の作品である『ピアノ組曲』を90年代になってからオーケストラ用に改編された曲です。しばしば民族的と分類される伊福部先生の作品の多くは、確かに日本と日本人であるということを意識させてくれますが、それらの音楽(とくに管弦楽)が具体的な日本の個々の民俗を題材とし表題化しているわけではなく、もっと深層のところで聴く人の魂を揺さぶってくれるものです。
 ところが、先生の一番古い作品であるこの曲では、その具体的な表題が表に出されているんですね。いわば、伊福部先生は表層的な「日本」というものはこの最初の時期に描き切ってしまって、それ以降はより深層を掘り下げていく作風になっていったのかも知れません。
 だから、晩年になって『ピアノ組曲』をオーケストラ用に作るときに『日本組曲』というタイトルを与えたのでしょうか。それは10代の時に自分が作った作品への、長い年月を経ても揺るぎ無い自信の表れなのかもしれません。
 この管弦楽版自身が90年代になってから発表された曲だし、元の『ピアノ組曲』もCDが出たのは比較的時期が遅いので、『日本狂詩曲』『土俗的三連画』『交響譚詩』というCDが早くから出ていた作品に比べると、個人的にはあまり聴きなれていない曲になりますね。
(主に伊福部作品のCDを聴き漁ってたのは80年代末~90年代頭の頃なので。『日本組曲』は初演から数年はCDになってませんでしたから)

  1.盆踊

 いきなり大きなブラスの音で始まりますが、いきなりこんなに大きくていいのかというくらいです。
 少しオーケストラがぎこちない感じがしたのですが、全体的に音はよく出ています。ただ、席の関係か、近くにあるコントラバスがなかなか響いてくるのに、遠いバイオリンや木管関係が少しのっぺり聴こえるかなという感じですね。
 盆踊りというと身近にある日本的な民俗行事のもっともたるものですし、それを表す土俗的な旋律はもう遺伝子的に反応が組み込まれている感じで、心地良く響いてきます。もっとも、多くの人にとって盆踊りとは田舎の村や町内会のイベントで、櫓の周りに輪になって踊るイメージだと思いますが、オーケストラで派手に奏でられるこの曲は、まるで大きな行列になって町を踊り歩いてるような印象ですね。

  2.七夕

 出だしの部分、美しいフルートの音色にハープの伴奏が重なってるところから心が音楽に吸い込まれていくような感じです。そこにストリングスが被さってきて、全体的に高音でセレナーデが奏でられてるという感じですが、コントラバスの低音が入ってきてから少しイメージが変わってきます。
 途中、チェロを中心にマイナー掛かったノクターン風になっていきます。
 七夕といえば一年に一度、わし座アルタイルと琴座ベガが接近するという天体スペクタクルですが(違うっ)、そんな織姫伝説を描いてるわけじゃなく、実際の行事としての七夕のイメージですね。
 前半のイメージはそんな伝説を祭るようなロマンチックな印象ですが、後半はむしろ古来の盆の行事を併せ持った精霊流しという感じですか。

  3.演伶

 高らかなトランペットのファンファーレが派手に鳴り響いた後、一転して静かになった後、幽玄なイメージの葬送行進曲的なイメージが徐々に勇壮に展開されていきます。中盤、派手な祭囃子風のハイテンポなフレーズが奏でられた後、ゆったりとした民謡風の音楽がオーボエ、ホルン、コントラバスといったところの低音がメインで奏でられ、ゆっくりと終わっていきます。
 「演伶」は「ながし」と読み、今でもギターの流しとかがあるように昔も三味線なんかの流しがあったわけですが、ここでは「新内流し」と呼ばれる三味線と語りが二人一組で演奏するものを意識しているようです。
 序盤のファンファーレは始まり始まりというところで、悲しげな情緒的語りに始まり、中盤で激しく盛り上がった後、ゆっくりと終盤に向かっていく物語の語りを描いているところでしょうか。

  4.佞武多

 静かで勇壮な行進曲風の始まり。チューバの重低音が目立ちます。中盤、ブラス中心のゆったりとした土俗的なフレーズから、木管中心の民謡風のフレーズに展開していきます。後半は急にめまぐるしくテンポアップが繰り返され、打楽器とブラス中心の激しいフレーズが続いた後、オーケストラ全体でクライマックスになって終わります。『タプカーラ』の第3楽章ほどじゃないけど、かなりラストが激しい曲ですね。
 「佞武多」は「ねぶた」で、青森のねぶた祭のことらしいですが、関西人の私にはわかりません。これも七夕や盆と同様の古来の祖霊供養に由来する祭らしいですが、そこに坂上田村麻呂が蝦夷を破った時の故事から派手な鳴り物が合わさったものとなったらしいですね。
 いわば日本版のカーニバルとでも言うべき派手な祭なので、伊福部先生の音楽もその激しさを大いに強調したと言うところでしょうか。

 「盆踊」「七夕」「佞武多」と夏の祭を素材にした音楽であり、「演伶」も江戸なんかでは年中見掛けられたものでも地方では夏祭りのような特別な時にしか見られないものであるから、一括して日本の夏の祭の様子を捉え、その中にある民俗的な情熱とか祖霊に対する心情を描いていったのがこの『日本組曲』だという感じです。
 あまりまだ聴きなれて無い曲なので演奏の評価はわかりませんが、曲の持つ勢いや精神のようなものはまっすぐに伝わってくる演奏だったと思います。


 シンフォニア・タプカーラ

 演奏の最後はおなじみの『シンフォニア・タプカーラ』です。この曲については過去の記事で何度も触れてますから、ここでは同日の感想だけに絞ることにしましょう。
 本名指揮、日フィル演奏の『タプカーラ』は卒寿記念コンサートのアンコールで第3楽章を聴いただけですが、アンコール演奏という疲労と熱狂の中での演奏とはいえ力強い音を聴かせてくれましたから、今回も楽しみです。本名指揮に限っては去年の芦屋交響楽団の演奏で全曲聴いていますが、こちらもアマチュアオーケストラとは思えないほどの素晴らしい演奏だったことが忘れられません。

  1.第一楽章

 最初から分厚く迫ってくるストリングス。少しくらい落としてくれた方がバランスが良いと感じるくらいの迫力です。序盤からクライマックス並みに盛り上がってるのでは無いかって感じで、このまま第3楽章までパワーが続くのか心配なところ。別に不必要に音が大きいというわけではありません。静かな部分でも迫力があるって感じです。
 本名徹次の指揮はさすがに手馴れているという感じで卒がありませんが、芦屋交響楽団の時とは明らかに音が違います。個々の奏者がさすがにプロというだけの音を出してるから、全体的にグレードアップしてるんですね。
 中盤、後半の盛り上がりに備えてこれでもかというくらいにテンポを落とし込んでる具合が普通じゃないですね。並みの演奏じゃ拙速に流してしまうところを十分に溜め込んでます。『日本組曲』までの演奏はこの辺りが少し単調に感じたんですが、『タプカーラ』は数こなしてるだけあって、さすがに隙を見せません。
 コントラバスの重低音に、チューバのソロ。ゾクゾクと体を震わせてくれます。
 そして後半部。踊るようなフレーズでのテンポアップはこれまで溜め込んでたストレスを一気に吐き出すような開放感を実感させます。実際にはここではそれほどハイテンポになってるわけじゃないのに物凄くテンポアップしたように感じますが、この辺りの聴かせ方が見事ですね。
 ラストはとことんまでスピードアップしたかと思ったら、意外とあっさりと終わってるという感じです。

  2.第二楽章

 コントラバスの重低音の上を静かに奏でていくハープの音色。そこにフルート、ストリングスが重なってくるゆったりとした森の目覚めのような美しく幽玄な主題。それに掛け合ってくるような語るようなトランペットのソロが印象的に響きます。
 静かな祭囃子のようなフレーズが少し悲しげに盛り上がり、重低音の土俗的な旋律が現れます。その旋律を木管が繰り返すのに重ねて別の主題を奏で始めるストリングス。この木管とストリングスが別の主題を重ねる形がしばらく繰り返され、対立と不安定さを煽ってるような感じですね。
 ラストはティンパニーとバイオリンソロが新たな土俗的なフレーズを提起したところで唐突に終わります。CDとかで聴くとすぐに第三楽章が始まるので、ここが突然終わっていても気にしないものなんですが、生演奏だと確実に演奏が開いてしまうので強く印象に残ります。

  3.第三楽章

 スタートからオーケストラが派手に鳴り響きます。しかし、表に出てくる踊りの主題にパワーが注ぎ込まれてしまってるという感じで、その裏で流れてくる土俗的旋律が表現し切れて無い様子。さすがにオーケストラが少し疲れてきたように感じました。
 コンマスのソロを引き継いで続くトランペットがなかなか対称的なイメージを聴かせてくれます。
 中盤辺りからストリングスが少しもたついてる感じ。とくに第1バイオリンと第2バイオリンが掛け合うところが崩れてる感じです。疲労困ぱいというところでしょうか。それでも緩急の取り方は絶妙で、基本的なところは押さえてます。
 後半、盛り上がりの最初の部分のコンマスのソロがちょっとミスってる感じ。もう疲労が限界かなというところです。クライマックスのピッコロも音を出し切れてない感じ。卒寿記念コンサートのアンコールではこれでもかというくらいピッコロが鳴りまくってたのとは反対で、聴いてる席の位置もあるんだろうけど、中途半端な気がします。
 ラストのテンポアップの盛り上がりも断続的でカクカクしてる感じで、本名徹次の指揮らしくないように思いました。指揮もオケも疲れ切ってた感じです。第3楽章の後半は完全にスタミナとの戦いって感じがありますから、酷と言えば酷なんですが、ここまで全体的にちゃんと音が出てただけに残念です。ま、並みの演奏よりは良いんですけどね。

 アンコールでもう一度、第3楽章の後半をやっています。卒寿記念のときは第3楽章丸々やってましたが、そこまで体力が持たないというところでしょうか。こっちの方はもう書かない方がいいですね。
 やはり伊福部先生の曲を立て続けに演奏するのはとても大変なことのようです。とくに第2部で『SF交響ファンタジー第1番』とか『オーケストラのための特撮大行進』なんて過激なのをやってますから、今回のようにあんまり長丁場のコンサートというのも、真ん中をオーケストラ以外にするとか、考えた方が良いのかもしれません。

     ☆ ☆ ☆

 この伊福部昭音楽祭は来年以降も続くとかいうことなので、旅費を稼いで備えておくことにします。日本音楽集団の邦楽版コンサートも行きたいんだけど、平日だし、半年以内に2度も遠出するのは……。大阪でもやってほしいです。
 会場では物販に群がっていた伊福部オタの一人ですが、収穫物は当日発売のCD『伊福部昭 映画音楽の世界』と、『交響譚詩』のスコア、『音楽入門』最新版。『音楽入門』は手元に持っていたのが古い現代文化振興会刊のものなので、片山杜秀の解説の付いた全音楽譜出版社刊の最新版がほしかったので。古いのは著者検印付きという今では珍しい特典がありますけどね。

(了)


『日本組曲』と『タプカーラ』は一緒に収録されてるCDが多いので
無難にライブラリ用のスタジオ収録なら

響-伊福部昭 交響楽の世界
響-伊福部昭 交響楽の世界


こちらは『日本組曲』初演のライブ盤

伊福部昭=作曲家の個展
伊福部昭=作曲家の個展


『日本組曲』収録が一番早い傘寿記念のライブ盤

伊福部昭 傘寿記念シリーズの全て
伊福部昭 傘寿記念シリーズの全て

|

« 伊福部昭音楽祭・第2部「映画人、伊福部昭を語る」 | トップページ | ひぐらしのなく頃に オリジナルサウンドトラック »

コメント

こんにちは。東京日帰りお疲れ様でした。さすがの詳細レポート、参考になります。来年もまた行きましょう。行き帰り夜行バスは次の日使い物にならないので(笑)旅費は安いですがやめた方がいいと思います。

投稿: くまぞう | 2007.03.12 05:37

卒寿記念の時はムーンライトながらで帰りましたが、あれはあれで深夜まで時間を潰さないといけないし、疲れましたね。
あまりお話できませんでしたが、関西のコンサートとかで時間があれば、またお会いしましょう。

投稿: 結城あすか | 2007.03.13 06:34

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/3819/14234971

この記事へのトラックバック一覧です: 伊福部昭音楽祭・第3部「大楽必易」:

» 伊福部昭音楽祭(第三部) [Nobumassa Visione]
第3部 管絃楽の響 1)管絃楽のための「日本組曲」 2)シンフォニア・タプカーラ 「日本組曲」は元々はピアノのための曲。 編曲者はラヴェルの影響から大変好きなのですけど。 私はそれほど「日本組曲」はそんなにお気に入りでは ないです。(ごめんさい) ※追記 初期の作品なので、モチーフが分かりやすいためか 少し苦手みたいです。聴きこむと良さが分かってきたので、 また別途企画してみます。(3月10日) 「シンフォニア・タプカーラ」は 素晴らしかった。第一... [続きを読む]

受信: 2007.04.01 02:27

« 伊福部昭音楽祭・第2部「映画人、伊福部昭を語る」 | トップページ | ひぐらしのなく頃に オリジナルサウンドトラック »