伊福部昭 ギタートランスクリプションズ
伊福部先生への追悼盤としてミッテンヴァルトから発売された第1弾が、この『伊福部昭 ギタートランスクリプションズ』です。タイトル通り、伊福部作品のギターアレンジ曲を中心に収録されています。
奏者は8年間、伊福部先生に師事してきたというギタリストの哘崎孝宏。それに二重奏で加わってるのが大宮洋美。哘崎孝宏は以前に同じミッテンヴァルトから出てる『伊福部昭・ギター作品集』も手掛けてる人ですが、大宮洋美の方はよく知りません。
収録曲は以下の通り。
交響譚詩
01. 第一譚詩 アレグロ・カプリッチオーソ
02. 第二譚詩 アンダンテ・ラプソディコ
03. サンタ・マリア
04. ギターのためのトッカータ
05. 箜篌歌
06. ファンタジア(幻哥)
07. <チェンバロギターによる>サンタ・マリア
「交響譚詩」はここではギター二重奏。本来は管弦楽の曲ですが、野坂恵子のために書かれた二十五絃箏甲乙奏合版を元にギター二重奏としてアレンジされています。ギター二重奏用の編曲に当たっては作曲家本人によって音の整理が行われているとのことで、かなりすっきりした感じに聴こえます。
ギター二重奏というと、以前に取り上げたデュオ・ウエダ版と同じですが、こちらの方が滑らかで軽快に仕上がってる感じです。
第一譚詩は軽快なアレグロの第1主題に始まり、ゆったりとしたアルペジオの第2主題につながっていきます。この第一譚詩は管弦楽ではブラスが主体となる祭囃子風の第1主題と、木管が主体となるバラード風の第2主題の掛け合いの繰り返しが特徴的な曲ですが、管弦楽のように明確に楽器が違うのと比べると、単一楽器での違いの聴かせ方というのが興味深いところです。
後半、マイナー調になってからピチカートで小刻みな掛け合いの辺り、ギターならではの趣があるかな。最後の盛り上がりはギターだと少し物足りない気がしますが。
第二譚詩はマイナー調のソロのバラードで始まる曲。オリジナルの管弦楽でも弱くたどたどしさを感じる曲ですが、ギターだと余計に寂静感を感じてしまいます。やや盛り上がっては再びゆったりとしたソロのバラードという形式の繰り返しです。
副題の「アンダンテ・ラプソディコ」は歩くような速さの狂詩曲って意味ですが、ここでは葬列の歩みって感じですね。オリジナルの「交響譚詩」は伊福部先生の亡くなった兄に捧げられていますが、さしずめその鎮魂曲ともいう位置付けでしょうか。
「サンタ・マリア」は元々は映画『お吟さま』のために作られた歌曲で、近年では有橋淑和の『チェンバロ・レボリューション2002』にチェンバロ・ソロのアレンジで収録され注目を浴びた曲です。
元が千利休の娘でキリシタン大名・高山右近を愛した女性を描いた映画で、その主人公が歌う曲なので、伊福部先生の歌曲にしては珍しく西洋風の旋律。作りとしては吟遊詩人が竪琴で弾き語りしてるような感じの曲ですね。少しもの悲しげで、波乱万丈の人生の物語って感じがします。
ギターソロと言っても、使われてるギターはルネッサンスリュートと同じ調律の八絃ギターとありますから、かなり特殊なものですね。(普通のギターって六絃でしたっけ)
「ギターのためのトッカータ」は伊福部先生のギター作品としては代表的な曲。めまぐるしくリズミカルに弾かれるギターの旋律がピチカートでぐるぐる旋回してるようなイメージの曲で、延々と踊り続けられるダンスを奏でてる感じです。ラスト付近で単音の高音がアクセントとなって打ち止めされてる辺り、スペインのフラメンコとか、ジプシーの踊り子あたりをイメージした曲なんでしょうか。
この曲はギターの銘工・河野賢氏が伊福部先生のために製作し、ベルギーの国際ギター製作コンクールに優勝したギターで作曲されたということですが、今回の録音はその作曲に使ったギターを伊福部先生から借りて演奏したものらしいです。やはり作曲に使った楽器の音が一番作曲者の意図した音に近いんでしょうか?
「箜篌歌」は上で触れた河野氏のギターへの答礼として作曲された曲とのことです。この曲も今回はそのギターで演奏されています。
曲は微かで弱々しい感じのバラードで始まり、少しメロディーが入ったかと思うと、その余韻をトレモロで流す感じが繰り返されます。やがて曲調はマイナーのままテンポアップしてきますが、何かに訴えかけるようなとうとうとした繰り返しです。ハイテンポなピチカートとは裏腹に、延々と繰り返される無常感を感じます。
再び弱々しいバラードが、挫折や絶望感から来る悲嘆を奏でてる感じ。途中、いきなり激しいアクセントが入って、やがて再びテンポアップしていきます。悲嘆から回復し、絶望感に打ち勝とうとせめぎあうようなイメージで、心持ち明るい希望や力強さが現れて来たような印象で終わります。
箜篌というのは正倉院御物として残されてる古代アッシリア起源のハープ族の楽器で、この曲はその楽器を偲んで作られてるということですが、あくまでギター曲であることには変わりません。
曲としての中味は、恐らく伊福部先生が自分の経験も踏まえ、銘工である河野氏の製作工程に思いをはせながら、芸術家が作品を生み出すまでの苦悩とそれを乗り越える喜びというものを描いたんじゃないかと思うんですがどうでしょうか。
「ファンタジア(幻哥)」は元々「バロック・リュートのためのファンタジア」として発表された曲で、今回はそれを「二十五絃箏曲 幻哥」として改作されたものの演奏です。リュートだってバイオリンなんかよりはずっとギターに近い楽器だろうに、それよりも箏のスコアの方をベースにギターを弾いてるってことは、やはりそれだけギターとは違いが大きいってことなんでしょうか。
曲の組み立てはABAの三部形式で、Aの部分はゆったりとしたロマンス風のモチーフが淡く奏でられる感じで使われてるのが印象的。ここで使われてるモチーフは『宇宙大戦争』の「星空」や『ゴジラVSキングギドラ』のエミーのテーマ等で使われてるロマンスのモチーフを組み合わせた感じなのが何か懐かしく思います。
中間部のBはピチカートでテンポの速いフレーズが繰り返される中、土俗的なサブメロディーが絡んでくるのが印象的です。前半がややゆったり気味で、後半はやや激しくスピーディーな感じです。
「<チェンバロギターによる>サンタ・マリア」は「サンタ・マリア」をチェンバロギターで演奏した作品……ってそのまんまですね。
チェンバロギターというのはギターにチェンバロの音が出るようなスチール製の絃を張って、右手の3本の指に付けた針で演奏するようになってる楽器だということです。いや、そんなややこしい楽器を使うくらいなら素直にチェンバロで演奏した方がという気がしないでもないですけど、奏者がギタリストだからチェンバロは弾けないからってところでしょうか。(チェンバロは一般にはピアノと同じ鍵盤楽器)
曲の方は基本的にはギター版と同じですが、やはり音はチェンバロって感じですね。ギターとは全然雰囲気が違います。
☆ ☆ ☆
伊福部先生とギターというと、戦前の林務官時代、赴任先の山小屋にピアノを持ち込むわけにもいかないから専らギターで管弦楽曲を作曲してたというくらいですので、あらゆる楽器に通じた伊福部先生にとっても相当に馴染みの深い楽器だと思われます。
ところが、ギターオリジナルの作品で有名なものというと、ここに収録された「ギターのためのトッカータ」と「箜篌歌」以外には「古代日本旋法による踏歌」ぐらいしかなくて、ギター作品のアルバムというと他の楽器用の曲をギターアレンジしたものが多くなったりして、そこが逆にどんな曲を演奏するのか楽しみになってるのも確かです。
さすがにデュオ・ウエダのように「SF交響ファンタジー第1番」をギターで演奏するなんてのは滅多にありませんけど、伊福部先生は晩年になってから二十絃箏や二十五絃箏のための曲を多く作られていたから、ここからギターに転用されるものがこれからも多いんでしょうね。
伊福部先生が亡くなられてもう半年以上も過ぎてしまったけど、こうして次々に新しいCDが出て来てくれるのは嬉しいことです。もう新しい作品が生み出されることは無いけど、これからも新しい演奏をいつまでもずっと聴き続けられることを願います。
(発売元:ミッテンヴァルト MTWD-99027 2006.08.01)
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コメント
はじめまして。伊福部さんのギター作品、地味だけど味わい深くていいですよね。私は「ギターのためのトッカータ」「箜篌歌」「古代日本旋法による踏歌」の、同じところを堂々巡りしているような不思議な感覚が好きです。このCDのことは知りませんでした。近いうちにぜひ聞いてみたいと思います。
投稿: くまぞう | 2006.11.05 08:29
くまぞうさん、はじめまして。
伊福部先生のCDも東芝EMIとかキングなんかのメジャーなレコードメーカーが出してくれるCDだとわかりやすいのですが、こういうインディーズレーベルのものは情報が無いものが多いですからね。
このCDも一般のCD店じゃまず扱ってないから、ミッテンヴァルトのサイト
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mittenwald/index.html
にある連絡先から直接発注するか、HMVのオンラインショップを利用するかということになると思います。
ネットで探せるだけ便利になったもので、昔は『宇宙船』の情報だけが頼りだったものですが……
投稿: 結城あすか | 2006.11.05 12:47